モノを懸命に減らしているのにストレス買い?してしまう訳
について、考えてみました。
きっかけは、今日の出来事。
お馴染みのおしゃれな商品が揃ってる100円ショップseriaで、マグカップ+αをたくさん買ってしまったわけです!爆
ちなみに、これは衝動買いというわけではなく、一応買う目的を持って入店したわけですが…
まぁ「たくさん」買ってしまったのは、想定外でしたけども。(ほんとは1つずつ購入予定だった)
わたしにコレクション癖があるとすれば、それは食器だと思うのです。
昔から食器にはついつい目が行く方で、骨董市で見つけた物語性や歴史のあるようなお皿から、現代作家さんの作る一点もののマグカップ、また郷土みやげの焼き物、更には100円ショップや kitchen×kitchenなどの安価な身近な売り場の食器まで、とにかく器の類には見境なく眼がないんですよね。。。困ったものだ。
ただ、一応、自分の中で定義というか限度は決めてまして。
今は、食器棚にしている下駄箱の2段分に収まる分のみを所持する。
ということにしています。
前置きをいろいろ語っちゃいましたが、今回のマグカップ+αについての購入理由を改めて考察してみました!
【家にある殆どのマグカップは自分で選んだお気に入りではないという事実】
これ、皆さんもお心当たりがあるのではないでしょうか?
そう!
マグカップって、案外頂き物が多いんですよ!!
友人からのプレゼントに始まり、結婚式での引き出物、会社の◯周年記念品、何かの参加賞、などなど。
数え出したらキリがないくらい、ホントーーーーーーにあらゆるところで意図せず増えて行くのがマグカップという物体。
長く生きれば生きるほど、マグカップって際限なく増えていく訳です…
これはもう、宿命ともいうべきもの!
もはや恐怖。
今までも何度か節目にまとめてバザーに出したりフリマに出したりして処分してきましたが、それでも後から後から追いかけて来るように増えるマグカップ。。。
そんなマグカップを日常使いしていると、いろいろ自身の生活習慣の用途とは微妙に合わないサイズ感だったり、色合いだったりするわけで。
これって、プチストレスですよね。
そんなプチストレスを抱えながら、本来寛ぎのリラックスタイムに飲むはずのお茶を、そのプチストレスを抱えたカップで啜るわけです。
この矛盾した風景!!!
解りますか?
この滑稽さ。
伝わってますかね?
わたしは最近、家にあるマグカップがどれも大き過ぎて重たい&使いづらいことに気付き、お茶をリラックスして飲めない事実に気が付きまして。
軽くてちょうどいいサイズ感でおしゃれなやつを…! とseriaに向かったわけです。
作家さんの焼き物は基本重みがあって、そこがまたいいんですが、ちょっと日常使いには疲れる。
それで言うと、逆に安価なマグの方が軽くて小ぶりなので、使いやすいはず!と。
ふだん宿直ボランティアで夕飯作りに行ってる子どもシェルターの施設で使ってるマグカップはその点、めっちゃ使いやすいんですよ。
サイズ感もちょうどいいし、重さもいい。デザインもシンプル。
家にもこういうのが欲しい…!
と、結構前から思っていた結果が、今日の買い物に繋がったのです。
【今回のまとめ】
新旧のマグカップを解説付きで並べてフォトってみたりしたかったのですが……例の如く時間がなくなり、今日は断念。
記事も中途半端だー。